英雄ポロネーズは、ショパンが1842年に書いたピアノ曲で、正式にはポロネーズ第6番変イ長調作品53です。全181小節の構成を場面ごとに整理し、中間部の左手が実際に何の音を何回弾いているのか、なぜ難しいのかまで楽譜から解説します。
華やかな主題で知られる曲ですが、「英雄」という言葉は全集の楽譜の題には書かれていません。「左手の連打」と呼ばれる部分も、同じ音を打ち続ける動きとは違います。ブライトクップフ社のショパン全集の楽譜を読み、小節の数や音の数を確かめながら、聴くときの目印と弾くときの難所を整理します。この楽譜には小節番号が印刷されていないため、本記事の番号は冒頭から数えたものです。

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英雄ポロネーズとは|基本情報と通称の由来
英雄ポロネーズは、変イ長調・4分の3拍子、演奏時間7分前後のピアノ独奏曲です。ポーランドの舞曲ポロネーズの形を使い、ショパンが32歳のときに作曲しました。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 通称 | 英雄ポロネーズ |
| 番号と作品 | ポロネーズ第6番作品53 |
| 作曲と出版 | 1842年に作曲、1843年に出版 |
| 献呈 | オーギュスト・レオ(Auguste Léo) |
| 調と拍子 | 変イ長調、4分の3拍子 |
| 速度の指示 | Maestoso(堂々と) |
| 長さ | 全181小節、約7分 |
楽譜にメトロノームの数字はなく、演奏の長さには幅があります。ピティナのピアノ曲事典は総演奏時間を7分30秒としており、同じ事典の音源には大竹道哉氏の6分00秒から野村友里愛氏の8分02秒までの演奏が並びます。181小節は3拍ずつで543拍ですから、平均の速さは6分なら1分に約91拍、7分30秒なら約72拍です。実際の演奏では場面ごとに速さが動くので、これは全体をならした目安です。
「英雄」はショパンが付けた題名ではない
「英雄」は後から広まった通称で、本記事で読んだ全集の表題は「ポロネーズ」です。誰が名付けたのかは、はっきりしていません。
全集の楽譜の題は「Polonaise」で、続けて「Op.53」と「August Leo gewidmet」(アウグスト・レオに献呈)とあるだけです。日本語版Wikipediaも命名者は不明としています。英語版Wikipediaには、ジョルジュ・サンドが手紙でこの曲を「英雄的な象徴」と呼んだという説明がありますが、手紙の原文で裏付けられなかったため、本記事では由来の決め手としては扱いません。ONTOMOの解説のように、勇ましい曲の性格からこの呼び名が定着したと受け止めるのが無理のない理解です。特定の英雄を描いた曲というわけではありません。
ポロネーズとは何か|3拍子で歩くように進む舞曲
ポロネーズは、ポーランドに由来する4分の3拍子の舞曲です。もとの名前は「歩く踊り」を意味し、列を作って進む踊りでした。

ピティナの解説によると、大衆的な舞踊が貴族の宮廷に取り入れられ、列を成して歩く舞踊になりました。「ポロネーズ」という語はフランス語で「ポーランド風の」という意味で、鍵盤音楽のジャンルとしてはドイツやフランスでも発展しています。ポーランドでは現在も高校の舞踏会の最初の踊りとして親しまれ、2023年にはユネスコの無形文化遺産に登録されました。
特徴はリズムにあります。ONTOMOは「ズンタタ・タンタンタンタン」と表現しています。音符にすると、8分音符(1拍の半分)が1つ、16分音符(1拍の4分の1)が2つ、8分音符が4つです。1拍目に音が詰まり、2拍目以降は同じ長さで歩くように続くので、強い拍で踏み出す感じが生まれます。
パリのショパンにとってのポロネーズ
ショパンは1830年に故郷を離れて戻らず、作曲当時はパリを拠点にしていました。ポロネーズは、そのショパンにとって故郷と結び付く形式でした。
当時のポーランドは独立した国家として地図の上になく、パリには亡命したポーランドの文化人が集まり、聴衆はショパンの音楽に「ポーランドらしさ」を求めていました。ピティナの解説は、パリ以前の技巧的なポロネーズと、1835年以降の7曲の違いをこの背景から説明しています。ただし、この曲を愛国心の表れとする見方も、81小節からを軍隊への恐怖の表現とするピアニストの見方も、聴く人や弾く人の解釈です。背景を知って聴くことと、曲に具体的な物語を読み込むことは分けて考えます。
当時のショパンは、春から秋はフランス中部ノアンのジョルジュ・サンドの館で作曲に集中し、冬はパリでレッスンをする生活を送っていました。この曲もその時期に「子守唄」などとともに書かれています。献呈先のレオはドイツの銀行家で、ショパンの友人でした。自筆譜はニューヨークのモルガン図書館に所蔵されています。
どこで耳にする曲か
英雄ポロネーズは、演奏会だけでなく映像作品でも使われてきた曲です。日本語版Wikipediaには、ドラマ『のだめカンタービレ』の新春スペシャル、映画『そして、バトンは渡された』、テレビアニメ『タッチ』の新体操の場面などが挙げられています。
英雄ポロネーズの構成|全181小節を7つの場面で読む
大きくは1〜80小節の主部、81〜154小節の中間部、155〜181小節の再現の3つの部分でできています。楽譜の区切りに沿って細かく見ると、7つの場面に分かれます。
| 場面 | 小節 | 小節数 | 起きていること |
|---|---|---|---|
| 序奏 | 1〜16 | 16 | 半音ずつ上る音型で主題を準備 |
| 主題 | 17〜48 | 32 | 主題を提示し、高い音域で繰り返す |
| 副主題 | 49〜64 | 16 | 主題と対比する和音と旋律 |
| 主題の回帰 | 65〜80 | 16 | 装飾された主題が戻る |
| 中間部 | 81〜154 | 74 | 左手のオクターブと暗い経過の場面 |
| 主題の再現 | 155〜170 | 16 | 主題が短く戻る |
| コーダ | 171〜181 | 11 | 結びの部分 |
本文の強弱の記号は、fが「強く」、ffが「さらに強く」、pが「弱く」、ppが「さらに弱く」、sfが「その音を特に強く」を表します。cresc.は「だんだん強く」という指示です。
中間部の74小節は全体の約41%にあたります。主題が現れる17〜32、33〜48、65〜80、155〜170小節を合わせると64小節で、全体の約35%です。つまり有名な主題より中間部のほうが長い曲です。短い副主題と長い中間部が主題の間に挟まる形から、三部形式(A-B-A)とロンド形式(A-B-A-C-A)の中間と見ることもできます。
録音で聴くときの時間の目安
全曲を7分とし、速さを一定と仮定すると、1小節は約2.3秒です。録音の中で場面を探すときの大まかな目印として使えます。
| 目印 | 小節 | 全体の位置 | 7分の場合 |
|---|---|---|---|
| 主題が始まる | 17 | 9% | 約40秒 |
| 副主題へ変わる | 49 | 27% | 約1分50秒 |
| sostenutoの旋律 | 57 | 31% | 約2分10秒 |
| 主題が戻る | 65 | 35% | 約2分30秒 |
| 和音の連打から中間部へ | 81 | 44% | 約3分5秒 |
| 左手のオクターブ | 83 | 45% | 約3分10秒 |
| 左手が半音下がる | 97 | 53% | 約3分45秒 |
| もう一度弱い左手へ | 103 | 56% | 約3分55秒 |
| 暗い経過の場面 | 129 | 71% | 約5分 |
| 主題の再現 | 155 | 85% | 約6分 |
| コーダ | 171 | 94% | 約6分35秒 |
一定の速さと仮定した計算なので、実際の時刻はずれます。演奏時間の異なる録音では、全体の位置の%から見当を付けてください。左手のオクターブは全曲の半分より少し手前、7分の演奏なら3分過ぎに始まります。
16小節ずつ積み上げる骨組み
この曲は、序奏も含めてほぼ16小節を1つの単位として進みます。ピティナの解説は、16小節を4小節ずつの4つに分け、それぞれが起承転結の働きを持つと説明しています。

序奏、2回に分かれた主題、副主題、主題の回帰は、いずれも16小節です。つまり80小節目までは16小節の箱が5つ並んでいることになり、聴いていて先の見通しが立ちやすい形です。この規則が崩れ始めるのが中間部です。規則正しい前半があるから、後半のあいまいさが効いてくる設計と読めます。
序奏から主題まで|1〜48小節
序奏の16小節は、強い一打のあとに弱い音で半音ずつ上る音型を繰り返し、主題の登場を準備します。17小節で主題が現れ、33小節からはffで高い音域に移って繰り返されます。
1小節目はsfの一打のあと、すぐpに落ち、両手が16分音符で上っていきます。この「強い打音と、弱いところからの上昇」の組は、最初は4小節、9小節からは2小節と短くなりながら高さを増し、13小節のf、15小節のcresc.へ続きます。同じ素材の間隔を詰めて緊張を高める書き方で、序奏だけで全体の約9%を使う長い助走です。33小節からの繰り返しでは、旋律の音域が上がり、音を細かく揺らす装飾のトリルが加わります。
主題はなぜ堂々と聞こえるのか
主題の堂々とした印象は、厚い和音、付点のリズム、左手の大きな跳躍の組み合わせから生まれます。速さの指示もMaestosoで、走らせる書き方ではありません。
17小節の右手は1本の線ではなく、3音から4音の和音が旋律を作っています。長い音のあとに短い音が続く付点のリズムが、胸を張って一歩ずつ進むような足取りを生みます。左手は低いオクターブから高い和音へ跳ぶ動きを繰り返し、1小節の中で音域が大きく開きます。一方で、ピティナの解説は旋律が明解で形式も簡明だと述べています。音の数は多くても、聴こえてくる主題の形は単純です。
副主題と主題の回帰|49〜80小節
49小節からは細かい付点のリズムの和音が続き、57小節のsostenuto(音を保って)で長い音の旋律が現れます。65小節のffで主題が戻るまでの16小節が、主部の中の対比を作ります。
副主題は、主題と対比する別の旋律のことです。日本語版Wikipediaは、ここを平行短調を取り入れた不協和音の多い部分と説明しています。57小節の左手を見ると、先に見たポロネーズのリズムの和音が並びます。右手の旋律は長い音で歌い、左手が舞曲の足取りを刻むので、曲の中でこのリズムが最も聴き取りやすい箇所です。65小節からは33小節と同じ高い音域の主題が戻り、80小節の終わりの二重線で中間部へ入ります。
中間部の組み立て|81〜154小節
中間部は、ほぼ同じ形の2つの区画と、調の定まらない後半に分けられます。81〜100小節と101〜119小節が左手オクターブの区画で、120小節からが別の場面です。

| 区画 | 小節 | 内容 |
|---|---|---|
| 第1の区画 | 81〜100 | ffの和音、左手オクターブ(99小節まで)、右手の旋律 |
| 第2の区画 | 101〜119 | 同じ流れをもう一度(119小節まで) |
| リズムの場面 | 120〜128 | フラット4つの調号で、和音が細かく刻む |
| 経過の場面 | 129〜154 | 16分音符の線がさまよい、主題へ向かう |
81小節は調号(楽譜の左端に書く♯や♭)がシャープ4つのホ長調に変わり、両手の和音が3打ずつ2小節鳴ります。これが左手オクターブの合図です。ピティナの解説はこの81〜84小節を、続く16小節の前奏と位置付けています。101〜104小節が同じ役割を持つので、前奏と本体の流れが2回並ぶ形です。ホ長調は変イ長調から半音4つ下の調で、主部の堂々とした響きから一気に離れます。主部と中間部の違いを並べると、次のようになります。
| 比べる点 | 主部(17〜80小節) | 中間部の前半(81〜119小節) |
|---|---|---|
| 調号 | フラット4つ | シャープ4つ |
| 左手 | 低音から和音へ跳ぶ | オクターブが4音ずつ下りる |
| 右手 | 和音の主題と装飾 | ゆっくりした付点の和音 |
| 音量 | f、ff | pp、sotto voceからffへ |
129小節からはpに落ち、右手の16分音符が半音を含んでうねります。ピティナの解説によると、4小節の楽節が3回繰り返され、4回目ではヘ短調へ戻ろうとする音であるドが低音でも高音でも鳴り続けます。落ち着く先が示されないまま半音ずつ動く音の流れが続き、155小節で突然、明るい主題が戻ります。長く暗い通路を抜ける場面です。
再現とコーダ|155〜181小節
155小節のfで主題が戻りますが、再現は16小節だけで、すぐ171小節からのコーダへ進みます。最初の提示のように繰り返さないため、終わりに向けて密度が高まります。
コーダは曲の終わりに付く結びの部分で、171小節の指示はsempre f(ずっと強く)、175小節にはffが付きます。計11小節のうち、8小節の本体に結びの3小節の反復が続くとピティナの解説は説明しています。楽譜では最後の1小節に、ffの和音が1つだけ置かれています。強い一打で始まった全181小節が、和音1打で閉じる形です。
左手の連打はなぜ難しいのか|83小節からの音と回数
難しい理由は3つです。オクターブを1小節12個のまま17小節続けること、白鍵と黒鍵の間で手が前後に動くこと、そのうえでppからffまで音量を増やしていくことです。

「連打」といっても、同じ鍵盤を叩き続ける動きではありません。ミ、レ♯、ド♯、シのオクターブ(ドと1つ上のドのように、同じ音名を同時に弾くこと)を高い方から順に下りる4音を、休みなく繰り返す音型です。オクターブは親指と小指で白鍵8本分の幅を押さえます。この音型のミとシは白鍵、レ♯とド♯は黒鍵なので、4音の間に手が鍵盤の手前と奥を行き来し、オクターブの幅を保ったまま下り、また上の音へ跳んで戻ります。ピティナの演奏のヒントも、この箇所の問題は要するに疲れることで、疲れると音が抜けると述べています。
1小節に12個、17小節で204個
16分音符4つの組が1小節に3回入るので、左手は1小節に12個のオクターブを弾きます。83〜99小節は17小節ですから204個で、同じ流れの103〜119小節と合わせると408個です。
速さの目安として、先ほどの平均を当てはめてみます。83〜99小節は51拍ですから、1分に72拍なら1秒に4.8個で約42秒、1分に91拍なら1秒に6.0個で約34秒です。実際の演奏では場面ごとに速さが動くので、個数は楽譜からの数え上げ、秒数は平均の速さからの推定です。それでも、片手のオクターブを30秒以上止めずに続ける区画が2回あると分かります。
音量はppから始まってffへ向かう
左手が始まる83小節は、sfの一打のあとすぐppへ落ちます。力強い場面という印象がありますが、出発点はごく弱い音です。

85小節には右手にsotto voce(ひそやかに)、左手にstaccato(音を切って)と書かれています。ここから93小節のpoco a poco(少しずつ)と95小節のcresc.を経て音量が増し、97小節のf、99小節のffへ届きます。100小節の2音目から101小節の1拍目までは、アクセントの付いた6つの和音が続き、103小節で最初と同じppへ戻ります。つまりppからffまでの長い坂を2回上ることになり、限られた力の配分が問われます。
ジェームズ・ハネカーは1900年の伝記で、ショパンがこの曲のオクターブをこの上なく楽々と、しかしごく弱い音で弾いたと記しています。伝聞で情報源は示されていませんが、この箇所を大きな音で押し切る演奏だけが伝統ではないと考える材料になります。
97小節で左手全体が半音下がる
97小節から、左手は同じ形のまま全体が半音下がります。鍵盤ではミ♭、レ、ド、シ♭にあたり、白・黒・黒・白だった鍵の並びが黒・白・白・黒に入れ替わります。
楽譜ではレ♯、ド×、シ♯、ラ♯と書かれ、♯を2つ重ねたダブルシャープ(×)も現れます。手の配置が変わるこの3小節で音量はfからffへ上がるので、疲れが出始めたところに別の難しさが重なります。聴く人にとっては、右手の旋律に耳が向いていても、97小節の変化を意識すると中間部の山がどこにあるか分かります。
右手の旋律は別の時間で動く
左手が細かく動く間、右手はゆっくりした付点のリズムで和音の旋律を弾きます。85小節では、左手の12個に対して右手の和音は3つです。
行進曲のようにも聞こえるこの旋律は、変化の少ない左手の上で音域と音量を広げていきます。両手の速さが大きく違うので、右手の旋律の間も左手の音数は減りません。聴き比べるなら、83小節の出だしの弱さと、左手の粒の立ち方に注目します。staccatoをはっきり弾くか、低い響きの帯のように聞かせるかで、同じ楽譜でも印象が変わります。
楽譜の読みどころ|迷いやすい4つの箇所
左手のほかにも、楽譜を読むと見落としやすい箇所があります。序奏の拍の数え方、主題の装飾、調号が変わる箇所、ポロネーズのリズムが変わる箇所の4つです。
序奏は最初から3拍子で数える
序奏は休符や細かな音が多く、拍を見失いやすい部分です。ピティナの演奏のヒントは、1小節ごとの拍が崩れる典型的な誤りをこの部分に挙げています。
解説によると、3拍子のはずの小節を3拍、4拍、5拍のように伸ばしてしまう奏者が多く見られます。3小節目の1拍目は和音の解決(不安定な和音が落ち着く和音へ進むこと)で弱く弾くため、1拍目という感覚が薄れ、16分音符のまとまりで弾いてしまうためです。譜読みの段階で拍の位置を確認しても、慣れるうちに自分の拍子を作ってしまうことがある、と指摘されています。序奏の練習では、音型だけでなく小節線の位置を保てているかを確かめます。
33小節のトリルと49小節の付点
主題の装飾と副主題の付点は、速い中で音があいまいになりやすい箇所です。ピティナの演奏のヒントは、どちらも音を具体的に示して注意を促しています。
トリルは隣り合う音を素早く行き来する装飾です。33小節2拍目のトリルについて、解説はミ♭が2つあることをはっきり聴かせるよう求め、速くて時間がない場合はミ♭、ミ♭、ファ、ミ♭、レ、ミ♭、ラ♭と弾いてもよいとしています。27小節のトリルも、3つの音が聴き取れるように弾くと書かれています。49小節は付点は書かれていないものの付点のリズムで、短い32分音符に力が入ると極端に遅くなるので、次の8分音符に付いた装飾のように1回の動きで2音を弾くと説明しています。手の動きを2回に分けるか1回にまとめるかで、リズムの重さが変わるという具体的な指摘です。
調号はフラット4つとシャープ4つを行き来する
調号は80小節の終わりでシャープ4つへ変わり、120小節の最初の和音のあとでフラット4つへ戻ります。主部でミ♭、レ♭と読んだ黒鍵を、中間部ではレ♯、ド♯と読むことになります。
ピアノでは同じ鍵を♭でも♯でも書けるので、音名が変わっても鍵盤の位置は同じです。117〜119小節の左手はレ♯から始まる形で、鍵盤ではミ♭の音ですから、120小節の変更は同じ音の書き換えとして読めます。楽譜の見た目が大きく変わる箇所ですが、音楽が突然別の曲になるわけではありません。
57小節と120小節のリズムを比べる
57小節は先に見たポロネーズの基本のリズムで、120小節からは8分音符1つと16分音符2つの組が1小節に3回続きます。同じ音型の繰り返しに変わるため、歩く部分がなくなります。
120小節からは、足踏みを続けるような緊張が生まれます。両手の和音が同じリズムで動くため、左手のオクターブの区画とは別の難しさがあります。リズムの違いを意識して聴くと、同じ「ポロネーズらしさ」にも段階があることが分かります。
英雄ポロネーズは難しい?|どこが難所になるのか
ピアノ曲の中でも非常に難しい部類の曲です。ピティナの解説は「ほぼ最高レベルの演奏技術」を要求すると述べ、ピティナ・ピアノステップでは全23段階の上位3段階にあたる展開1から展開3に置かれています。
| 箇所 | 小節 | 求められること |
|---|---|---|
| 序奏 | 1〜16 | 半音ずつ上る音型の中で3拍子を保つ |
| 主題 | 17〜48 | 左手の跳躍と右手の和音を同時に保つ |
| 左手オクターブ | 83〜99、103〜119 | オクターブの持続とppからffまでの増減 |
| 経過の場面 | 129〜154 | 16分音符の線を弱い音で保つ |
| コーダ | 171〜181 | 終盤に強い音量を保つ持久力 |
左手オクターブの区画が目立ちますが、難しさはそこだけではありません。約7分の間に異なる種類の難所が順に現れ、最後にsempre fのコーダが待っている点が、この曲を重くしています。ショパンの別の難所と比べるなら、別れの曲の中間部の6度の重音は両手の重音が反対方向へ進む難しさで、片手のオクターブを持続する英雄ポロネーズとは種類が違います。
「どんな人なら弾けるのか」について、経験年数で一律に線を引くことはできません。ピティナの演奏のヒントは、左手の区画で疲れる人に、指の練習曲集であるハノンの1〜60番を通すことを勧めています。これは執筆者の助言ですが、必要なのが一時的な速さではなく持久力だという見方を示しています。発表会などで選ぶときは、展開という区分が先生と相談する目安になります。
ショパンのポロネーズの中での英雄ポロネーズ
英雄ポロネーズは、ショパンの生前に作品番号付きで出版された7曲のうちの6曲目にあたります。ポロネーズ第6番という番号は、パデレフスキ版(ピアニストのパデレフスキらが校訂した全集)の数え方によるものです。
| 番号 | 作品 | 調 | 作曲年 | 通称 |
|---|---|---|---|---|
| 第1番 | 作品26-1 | 嬰ハ短調 | 1834〜35 | - |
| 第2番 | 作品26-2 | 変ホ短調 | 1834〜35 | - |
| 第3番 | 作品40-1 | イ長調 | 1838 | 軍隊 |
| 第4番 | 作品40-2 | ハ短調 | 1838〜39 | - |
| 第5番 | 作品44 | 嬰ヘ短調 | 1840〜41 | - |
| 第6番 | 作品53 | 変イ長調 | 1842 | 英雄 |
| 第7番 | 作品61 | 変イ長調 | 1845〜46 | 幻想 |
第6番と第7番は同じ変イ長調です。第7番は「ポロネーズ=ファンタジー」と題され、幻想曲の要素を併せ持つ作品で、16小節の箱を積み上げる第6番とは形が異なります。ショパンは7歳で最初のポロネーズを書き、1846年の第7番まで生涯この形式を書き続けました。第6番はその中で、規則的な形と大規模な構成が結び付いた作品といえます。
英雄ポロネーズの楽譜の選び方
この1曲だけを弾くならピアノピースが手軽で、版の違いを確かめるなら原典版が向きます。ピアノピースは1曲ずつの薄い楽譜で、番号は版によって異なることがあるので、作品番号の「作品53」で探すと確実です。
| 楽譜の種類 | 具体例 | 向いている人 |
|---|---|---|
| 1曲の楽譜 | 全音ピアノピースPP-291(全16頁) | この曲を弾きたい人 |
| ポロネーズ集 | 春秋社「新版ショパンピアノ作品集7ポロネーズ」 | 第3番や第7番も弾きたい人 |
| 原典版 | ヘンレ社「ポロネーズ変イ長調Op.53」 | 版の違いを確かめたい人 |
楽譜を比べるときは、速度の指示の書き方にも注目します。本記事で読んだ全集はMaestosoですが、Alla polacca e maestosoとして紹介される資料もあります。ショパンの作品は版によって細部が異なることがあるので、同じ曲でも記号や音の違いに出会います。版の違いが演奏にどう影響するかは、幻想即興曲の楽譜の版による違いが具体例として参考になります。
本記事で読んだ全集の楽譜はInternet Archiveで閲覧でき、ほかの版の公開譜はIMSLPに集められています。ピティナの事典は原曲をパブリック・ドメイン(著作権の保護期間が終わった作品)と表示していますが、新しい校訂には別の権利が生じることがあるので、版ごとの条件を確かめます。
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英雄ポロネーズについてよくある質問
最後に、ここまでの内容から4つの疑問への答えを短くまとめます。
英雄ポロネーズはどんな曲ですか?
ショパンが1842年に書いた変イ長調のピアノ曲です。ポーランドの舞曲の形で、堂々とした主題と左手オクターブの中間部で知られます。
ショパンの英雄ポロネーズを弾ける人ってどんな人?
経験年数では線を引けませんが、ピティナ・ピアノステップの展開1〜3に置かれる曲です。長いオクターブと跳躍を保てる上級者が目安です。
ショパンの英雄ポロネーズは難しいですか?
非常に難しい曲です。約7分の間に和音の跳躍、半音階、中間部の合計408個の左手オクターブがあり、技術と持久力の両方が問われます。
ショパンの有名なポロネーズ曲は?
第3番「軍隊」、第6番「英雄」、第7番「幻想ポロネーズ」がよく知られています。生前に作品番号付きで出版された7曲の中の3曲です。
まとめ|主題の間にある長い中間部を聴く
英雄ポロネーズは、16小節の規則的な箱を積む主部と、全体の約4割を占める中間部でできています。「左手の連打」は、ミ、レ♯、ド♯、シのオクターブが1小節に12個続く音型で、ppから始まります。
次に聴くときは、81小節の和音のあとに左手がごく弱く始まる瞬間と、129小節から155小節の主題が戻るまでの暗い通路に耳を向けてみてください。6分の演奏と8分の演奏を比べると、同じ場所の時間の使い方の違いが分かります。勢いのある別のショパン作品を探すなら、クラシック名曲を時代別と作曲家別に引ける一覧が手掛かりになります。
出典・参考資料
小節番号、指示、音の数は下記の全集の楽譜を本記事が読み取ったものです。演奏時間からの速さと秒数は本記事の計算で、実演の測定値ではありません。
- ピティナ・ピアノ曲事典:ポロネーズ第6番「英雄」(作曲年、構成、演奏のヒント、音源、ステップ)
- ピティナ・ピアノステップ:23ステップ(レベルの内訳)
- ONTOMO:ショパンが初めて作曲したポロネーズと名曲「英雄ポロネーズ」が生まれた背景(リズム、作曲時期)
- Internet Archive:Polonaise Op.53, Chopin’s Werke, Breitkopf & Härtel(楽譜)
- IMSLP:Polonaise in A-flat major, Op.53(公開譜)
- Project Gutenberg:James Huneker, Chopin: The Man and His Music(オクターブの弾き方の記述)
- Wikipedia:Polonaise in A-flat major, Op. 53(献呈、形式、自筆譜、通称)
- Wikipedia:ポロネーズ第6番 (ショパン)(通称、中間部の調、使用作品)
- Wikipedia:Polonaise(舞曲の語源と現在の位置付け)
- Wikipedia:Polonaises (Chopin)(作品一覧)
- 全音楽譜出版社:ショパン英雄ポロネーズ(PP-291)
情報確認日:2026年11月1日。






