ドビュッシーの月の光を解説|曲の構成・題名の背景と楽譜の読みどころ

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ミュージック

ドビュッシーの「月の光」は、ピアノ独奏のための《ベルガマスク組曲》の第3曲で、全72小節の静かな作品です。楽譜から場面を6つに分け、題名が変わった経緯と、弾く前に知りたい指示の読み方まで解説します。

月明かりを描いた曲という紹介をよく目にしますが、確認できる最も古い題は別のものでした。どの小節で何が起きるのか、題名から何が言えて何が言えないのかを、1905年のフロモン社の版を1927年にジョベール社が再刊した楽譜と、研究者の解説をもとにたどります。この楽譜には小節番号が印刷されていないため、本記事の番号は冒頭から数えたものです。

全72小節を6場面に分けた地図

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  1. ドビュッシーの「月の光」はどんな曲か|基本情報を整理
    1. 正式名称は《ベルガマスク組曲》第3曲「月の光」
    2. 作曲は1890年頃、出版は1905年という15年の差
  2. 月の光の構成|全72小節を6つの場面で読む
    1. 録音で聴くときの時間の目安
    2. 1〜14小節|休符から始まる主題
    3. 15〜26小節|Tempo rubatoから最初の高まりへ
    4. 27〜42小節|un poco mossoから41小節の頂点へ
    5. 43〜50小節|Calmatoで2小節ずつ返す
    6. 51〜72小節|主題の回帰と消えていく終わり
  3. 月の光らしい響きはどこから来るのか
  4. 題名の背景|「感傷的な散歩」から「月の光」へ
    1. ヴェルレーヌの2つの詩を比べる
    2. 「ベルガマスク」は舞曲の指示ではない
    3. 曲の意味はどこまで言えるのか
  5. 同じ「月の光」でも別の作品がある
  6. 楽譜の読みどころ|弾く前に確かめたい5つの指示
    1. 8分の9拍子は大きな3拍で数える
    2. con sordinaと2本のペダル
    3. Tempo rubatoの揺らし方
    4. 37小節の調号はなぜシャープに変わるのか
    5. 強弱記号は4種類、fは1か所だけ
  7. 月の光は難しい?|指の速さより音量の幅が課題
  8. 月の光の楽譜の選び方|原曲・原典版・やさしい編曲
  9. ドビュッシーの「月の光」についてよくある質問
    1. ドビュッシーの「月の光」はどんな曲ですか?
    2. ドビュッシーの「月の光」は難しいですか?
    3. ドビュッシーの「月の光」にはどのような意味がありますか?
    4. ドビュッシーの「月の光」の正式名称は何ですか?
  10. まとめ|小節と題名の歴史を知って聴き直す
  11. 出典・参考資料

ドビュッシーの「月の光」はどんな曲か|基本情報を整理

「月の光」は、変ニ長調・8分の9拍子、演奏時間およそ5分のピアノ曲です。単独の作品ではなく、4曲からなる《ベルガマスク組曲》の3曲目にあたります。

項目 内容
曲名 月の光(Clair de lune)
収録 《ベルガマスク組曲》(Suite bergamasque)第3曲
作曲者 クロード・ドビュッシー(1862〜1918)
作曲と出版 1890年頃に作曲、1905年にフロモン社から出版
調と拍子 変ニ長調、8分の9拍子
速度の指示 Andante très expressif(歩くような速さで、とても表情豊かに)
長さ 全72小節、約5分

楽譜にメトロノームの数字はなく、速さは奏者に委ねられています。ピティナのピアノ曲事典に並ぶ音源を見ると、菊地裕介氏の演奏は4分12秒、山季布枝氏の演奏は5分30秒で、1.3倍ほどの開きがあります。72小節は1小節3拍で216拍ですから、1拍の長さは平均して約1.2秒から約1.5秒の幅に収まる計算です。同じ楽譜でも「ゆっくり」の幅がこれだけ広いことになります。

正式名称は《ベルガマスク組曲》第3曲「月の光」

正式には《ベルガマスク組曲》の第3曲で、「月の光」はその曲名です。組曲全体にはL.75やCD 82という目録番号が使われています。

順番 曲名 調
第1曲 プレリュード ヘ長調
第2曲 メヌエット イ短調
第3曲 月の光 変ニ長調
第4曲 パスピエ 嬰ヘ短調

4曲の中で「月の光」は特に有名になり、単独で演奏される機会も多い曲です。1927年の楽譜の巻頭にある出版社の目録でも、組曲とは別に1曲だけの楽譜が売られています。一方で、もとは組曲の一部ですから、イ短調のメヌエットのあとに変ニ長調の静かな響きが入る流れは、単独で聴くときには味わえません。組曲全曲を収めた録音で聴くと、この調の変化が分かります。

作曲は1890年頃、出版は1905年という15年の差

楽譜の作曲者名の下には1890年と印刷されていますが、出版は1905年です。組曲は1900〜01年には予告されていたものの、実際の刊行は1905年まで延びました。

ドビュッシー研究者の青柳いづみこ氏は、1890年頃に一度作曲し、刊行に当たって手を入れたに過ぎないと説明しています。英語版Wikipediaは出版前に大きく改訂したと書いており、手直しの大きさの評価は資料によって分かれます。自筆譜が見つかっていないため、どの音を1905年に直したのかを比べることはできません。解説によって「初期の作品」「1905年の作品」と書き方が違っても、どちらかが誤りとは限らず、どちらの年に注目しているかの違いと読めます。

月の光の構成|全72小節を6つの場面で読む

大きく見ると、1〜26小節の主題の部分、27〜50小節の中間部、51〜72小節の主題の回帰からなる曲です。楽譜の速度と表情の指示を手掛かりにさらに分けると、72小節は6つの場面になります。

場面と小節 楽譜の指示 強弱 起きていること
主題1〜14 Andante très expressif(表情豊かに) pp 2音の重なりが下りてくる
高まり15〜26 Tempo rubato(速さを自由に) pp→cresc.→dim. 和音が並び25小節の高い分散和音へ
中間部27〜42 un poco mosso(少し動いて)、En animant(活気づけて) pp→f 流れる音の上に新しい旋律
静まり43〜50 Calmato(静めて) pp 同じ形を2小節ずつ返す
回帰51〜65 a Tempo I°(最初の速さで) ppp→pp 主題が1オクターブ上で戻る
結び66〜72 morendo(消え入るように) pp 中間部の音型が戻り消えていく

強弱の記号は、ppが「とても弱く」、pppが「さらに弱く」、pが「弱く」、fが「強く」を表します。cresc.は「だんだん強く」、dim.は「だんだん弱く」という指示です。分散和音は、和音の音を同時に鳴らさず順にばらして弾く形をいいます。

小節数は14、12、16、8、15、7で、最も長いのは中間部です。音量の頂点は41小節で、曲の約56%の位置にあたります。前半が長い助走で、頂点のあとは静かに下りていく形だと分かると、今どの場面を聴いているのかをつかめます。

録音で聴くときの時間の目安

全曲を5分とし、速さを一定と仮定すると、1小節は約4.2秒です。録音の中で場面を探すときの大まかな目印として使えます。

目印 小節 全体の位置 5分の場合
Tempo rubatoの和音 15 19% 約1分
流れる音が始まる 27 36% 約1分50秒
fの頂点 41 56% 約2分45秒
Calmatoで静まる 43 58% 約2分55秒
主題がpppで戻る 51 69% 約3分30秒
結びの音型 66 90% 約4分30秒

楽譜の指示では27小節から動きが増し、43小節で静まり、51小節で元の速さに戻るので、実際の時刻は一定の速さの計算とは一致しません。冒頭をゆっくり弾く演奏では、この表より後ろへずれます。4分台の録音では全体の位置の%から見当を付けてください。楽譜がなくても、流れる音が始まる場所と主題が高い音で戻る場所は耳で見つけやすいので、まずこの2か所を探すと、曲の組み立てがつかめます。

1〜14小節|休符から始まる主題

最初の14小節は、右手の2音の重なりがゆっくり下りてくる主題です。両手とも小節の頭は休符で、音は拍の途中から静かに入ります。

1小節目は、左手が2つ目の8分音符で、右手が3つ目の8分音符で入ります。さらに左手も6小節目までは高い音域を示すト音記号で書かれ、低音の土台がありません。拍を示す低音がないまま始まるので、聴き手には小節の区切りがはっきり伝わらず、音が宙に浮いたように聞こえます。7小節目で左手が低い音域を示すヘ音記号へ移り、ここで響きの下側が加わります。

15〜26小節|Tempo rubatoから最初の高まりへ

15小節のTempo rubatoから、8分音符の和音が両手で並びます。19小節から少しずつ音量と動きが増し、25小節の高い分散和音で最初の高まりに達します。

ここでは冒頭と違い、深い低音が鳴ります。青柳氏は、この部分ではバスを響かせ、その上に和音を乗せると述べています。19小節の指示はpeu à peu cresc. et animéで、「少しずつ強く、生き生きと」という意味です。25〜26小節は両手の和音を下から順にばらして弾く形になり、1オクターブ高く弾く記号も付いて、この曲で最初に高い音域が開けます。ただし指示はdim. molto(大幅に弱めて)で、大きな音で終わる頂点ではありません。広がった響きがそのまま薄れていき、次の中間部へ受け渡されます。

27〜42小節|un poco mossoから41小節の頂点へ

27小節からは、流れるような音の動きの上に新しい旋律が長い音で現れます。これが中間部で、41小節で音量が頂点に達します。

un poco mossoは「少し動きをつけて」という指示です。1拍に16分音符が6つ入る音の組が、楽譜の上下2段にまたがって低い音から高い音へ流れ、1小節では18音が途切れずに続きます。31小節でpとなり、35小節のcresc.、37小節のEn animant(活気づけて)とpiù cresc.(さらに強く)を経て、41小節のfに届きます。上の旋律は長く伸びる音が中心で、波のように動くのは下の音の流れです。旋律を追うより、この波が大きくなる様子を聴くと、高まりの作り方がよく分かります。

43〜50小節|Calmatoで2小節ずつ返す

43小節のCalmatoで音量はppへ落ち、細かな16分音符の揺れに変わります。ここから同じ形を2小節ずつ返す書き方になり、頂点のあとの落ち着きが生まれます。

楽譜を見ると、43と44小節、45と46小節、47と48小節がそれぞれ同じ形です。短い言葉を二度つぶやくような進み方で、曲が先へ進む力が弱まっていきます。49〜50小節で大きな分散和音へ広がり、主題が戻る準備が整います。

51〜72小節|主題の回帰と消えていく終わり

51小節のa Tempo I°で冒頭の主題が1オクターブ上で戻り、音量は曲中で最も弱いpppになります。66小節からは中間部の音の流れが短く戻り、消えるように閉じます。

同じ主題でも、冒頭とは入り方が違います。冒頭は小節の頭で両手とも休みますが、51小節では左手の分散和音が小節の頭から鳴り、右手の主題は2拍目の頭で入ります。左手はト音記号のままで、深い低音は加わりません。59小節のppで主題の後半が続き、66小節のpp morendo jusqu’à la fin(終わりまで消え入るように)から中間部の音型が回想されます。最後の72小節は、両手の和音をばらして弾く変ニ長調の和音で終わります。

月の光らしい響きはどこから来るのか

この曲の響きは、重なった音のまとまりをそのまま横へ動かす書き方から生まれます。ごく弱い音量の指示も、その印象を支えています。

冒頭の右手は1本の旋律ではなく、2音が3度(ドとミのような間隔)で重なった線です。青柳氏は、和音の塊を横に動かすのがドビュッシーの書き方で、高音を強調せず響きそのものを滑らせるように弾くと述べています。15小節からは、両手の和音が同じ形を保ったまま動く箇所が続きます。一番上の音だけが歌い、下の音が伴奏するという役割分担が薄いため、線より面が移動していくように聞こえます。

「印象派の音楽」と呼ばれることもありますが、この言葉には少し注意が必要です。音楽評論家の寺西基之氏は、ドビュッシーの音楽が美術の印象主義や文学の象徴主義に通じると説明しつつ、「月の光」は比較的初期の作で、のちの斬新な語法はまだそれほど明確ではないとしています。すみやグッディの解説によれば、ドビュッシー本人は印象派と呼ばれることを嫌っていました。作風が固まる前の、古い組曲の形式の中で書かれた曲として聴くと、後の作品との違いも見えてきます。

題名の背景|「感傷的な散歩」から「月の光」へ

確認できる最も古い題は「感傷的な散歩(Promenade sentimentale)」で、1905年には「月の光」になっていました。1890年頃の題は分かっていません。

題名が決まるまでの年表
年 確認できる資料 第3曲の題
1869年 ヴェルレーヌの詩集『雅なる宴』 (詩「月の光」を収録)
1890年頃 楽譜に印刷された作曲年 当時の題は自筆譜がなく不明
1900〜01年 管弦楽の《夜想曲》初版の裏表紙 Promenade sentimentale
1903年 フロモン社の広告 組曲の編成自体が別の案に
1905年 フロモン社の広告と楽譜の出版 Clair de lune

青柳氏の解説によると、当時の裏表紙では第4曲も「パスピエ」ではなく「パヴァーヌ」でした。1903年の広告では「仮面」「喜びの島」などを含む別の組み合わせが示され、ドビュッシーがこの2曲を別の出版社から単独で出したことで案は崩れます。1905年の広告で元の組み合わせが復活し、第3曲と第4曲が現在の題名になりました。

紹介記事の中には「当初は『感傷的な散歩』の題で出版された」と読めるものもありますが、資料で確かめられるのは他の楽譜の裏表紙にある予告と広告です。「その題で出版された」のではなく「その題で予告されていた」と理解するのが資料に沿っています。

ヴェルレーヌの2つの詩を比べる

古い題も新しい題も、ヴェルレーヌの詩の題名です。ただし「感傷的な散歩」に月は登場せず、描かれているのは夕暮れの池のほとりを独りで歩く情景です。

比べる点 感傷的な散歩 月の光
収録された詩集 『サテュルニアン詩集』 『雅なる宴』
場面 夕日が沈む池、白い睡蓮、柳の間 仮面の人々がリュートを弾き踊る庭
光 落日が闇に沈む 静かで悲しく美しい月明かり
人物 傷を抱えて独り歩く「私」 「あなた」の魂の中の仮面の人々

「月の光」の詩は3つの連からなります。第1連は「あなたの魂は選ばれた風景」(Votre âme est un paysage choisi)と始まり、仮面をつけた人々がリュートを弾いて踊りながら、華やかな装いの下で悲しげにしている様子を描きます。第2連で彼らは短調で恋と人生の勝利を歌いますが、自分たちの幸せを信じていないように見え、その歌は月の光に溶けていきます。第3連は、鳥に夢を見させ、噴水をすすり泣かせる「静かで悲しく美しい月の光」(calme clair de lune triste et beau)で閉じます。訳はいずれも本記事によるものです。

「ベルガマスク」は舞曲の指示ではない

組曲名の「ベルガマスク」は、詩の第1連にある「仮面とベルガマスク」(masques et bergamasques)に由来する語です。舞曲の形式で書かれているという意味ではありません。

ベルガマスクは、北イタリアの町ベルガモにちなむ舞曲や、その土地の人を指す言葉で、古くから道化や滑稽さと結び付けられてきました。イタリア喜劇の仮面の登場人物が連想されるのはこのためです。とはいえ、ドビュッシーの組曲名は詩を踏まえた呼び名で、舞曲ベルガマスカの和音の進み方が使われているわけではありません。組曲の中のメヌエットやパスピエは古い舞曲の名前ですが、それは組曲名とは別の話です。

曲の意味はどこまで言えるのか

資料で確かめられるのは、1900〜01年の予告では別の題で、1905年に今の題になったことです。月明かりを描く意図で書かれたかどうかは、1890年頃の題も手直しの箇所も分からないため判断できません。

確かなのは、ドビュッシーがこの詩を2度歌曲にしていて、出版の時にこの題を付けたことです。青白い月明かりのイメージで聴くことは、題名が示す入口の一つといえます。寺西氏も、デリケートな響きの推移が青白い月の光のイメージを浮かび上がらせると説明しています。一方で、「ここが雲」「ここが水面」のように小節と情景を一対一で結ぶ解説や、詩の行と曲の場面を対応させる説明は、演奏者や解説者の解釈として読むのがよいでしょう。

同じ「月の光」でも別の作品がある

ドビュッシーには、ピアノ曲のほかに同じ詩による歌曲が2つあります。ほかの作曲家の歌曲やベートーヴェンの「月光」とも別の作品なので、探すときは作品名を分けて確かめます。

同じ題名の作品の関係図
作品 編成 本記事の曲との関係
ドビュッシーピアノ曲「月の光」 ピアノ独奏 本記事の曲。《ベルガマスク組曲》第3曲
ドビュッシー歌曲「月の光」(1882年) 声とピアノ 同じ詩による初めの歌曲
ドビュッシー歌曲「月の光」(1891年) 声とピアノ 同じ詩を書き直し、歌曲集『雅なる宴』へ
フォーレ歌曲「月の光」 声とピアノ 同じ詩による別の作曲家の歌曲
ドビュッシー前奏曲「月光に照らされた露台」(1913年) ピアノ独奏 別の曲。原題にclair de luneを含む
童謡「月の光に」 歌 別の歌。歌曲「ピエロ」などで引用
ベートーヴェン「月光」 ピアノ独奏 詩とも組曲とも関係のないソナタ

音楽配信で探すときは「Clair de lune」だけだと歌曲や前奏曲が混ざります。「Suite bergamasque」に加えて、作品一覧の番号であるL.75やCD 82を添えると、ピアノ曲に絞り込めます。逆に歌曲を聴きたいときは「Fêtes galantes」を手掛かりにします。ピアノ曲と歌曲は題名こそ同じ詩によりますが、旋律は別のものです。2つの歌曲を比べると、同じ言葉に付いた音楽の違いが聴き取れます。

編曲も盛んな曲です。1927年の楽譜の目録には、ピアノ連弾、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、フルートとピアノの編成に加え、オルガンとハープの楽譜が並び、ピティナの事典にはカプレの管弦楽編曲も載っています。ストコフスキーの管弦楽編曲は、ディズニー映画『ファンタジア』のために用意されながら本編から外され、その映像は後に別の作品へ転用されました。映画『オーシャンズ11』の噴水の場面で流れたのもオーケストラ版で、冨田勲のシンセサイザー版はアメリカで高い評価を受けました。録音や音源では、編曲者名の有無で原曲かどうかを見分けられます。ドビュッシー自身も他の作曲家の作品を編曲しており、サティのジムノペディのドビュッシーによる管弦楽版は、ピアノと管弦楽の響きの違いを比べる次の題材になります。

楽譜の読みどころ|弾く前に確かめたい5つの指示

「月の光」は、音符の数よりも指示の読み方で迷いやすい曲です。拍の数え方、ペダル、速さの揺らし方、調号、強弱の5点を押さえると、譜読みの見通しがよくなります。

8分の9拍子は大きな3拍で数える

8分の9拍子は、8分音符9個を3つずつまとめ、1小節を大きな3拍で感じる拍子です。9まで数えるより、8分音符3つ分の長さを持つ付点4分音符を1拍として数えるほうが、音楽の流れに合います。

8分の9拍子の3拍と冒頭の入り

資料によっては冒頭付近を「3連符」と呼ぶことがありますが、この楽譜に3連符の記号はありません。8分の9拍子では、8分音符3つが普通の書き方で1拍になるからです。注意したいのは、3小節目などに「2」と書かれた音があることです。これは1拍を3つではなく2つに分ける2連符で、3つ分の流れの中に2つ分が混じるため、拍が伸び縮みするように聞こえます。冒頭で拍を見失いやすい人は、まず両手の休符を含めて1小節を3拍に分け、どの音が何拍目の途中で入るのかを楽譜に書き込むと確かめやすくなります。

con sordinaと2本のペダル

1小節目のcon sordinaは「弱音器を付けて」という意味で、ピアノでは左のペダルを踏む指示として読めます。この楽譜には解除の指示がなく、右ペダルの記号も1つもありません。

どこまで左ペダルを踏むか、右ペダルをどこで替えるかは奏者の判断になります。手掛かりになるのは、ピアニストのデュメニルが残した回想です。作曲者から、弾き始める前に2本のペダルを踏むことで、音が鳴った瞬間に倍音(1つの音に含まれる高い成分)が重なって響くようにと助言されたといいます。中間部の分散和音についても、ペダルに浸すように弾くよう求められたと伝えられます。ペダルそれぞれの役割と踏み替えの手順は、ピアノペダルの踏み方を解説した記事で確かめられます。

Tempo rubatoの揺らし方

Tempo rubatoは速さを自由に揺らす指示ですが、全曲を同じように揺らしてよいわけではありません。デュメニルの回想には、揺らす場所と抑える場所の両方が語られています。

回想によれば、ドビュッシーは序盤の8分音符の流れが厳密な拍で弾かれることを望まず、全般的な柔軟さを求めました。一方で、最も感情が高まる中間部へ向かう箇所では、クレッシェンドやルバートを大げさにせず、イタリア・オペラのような過剰さを避けるよう助言しています。分散和音については、弦楽器を背景にしたハープのように流動的でと語ったと伝えられます。序盤は厳密に数えず、高まる部分のルバートは控えめに、というのが助言の内容です。

37小節の調号はなぜシャープに変わるのか

37〜42小節は、調号(楽譜の左端に書く♯や♭)がフラット5つからシャープ4つへ書き換えられ、43小節で元に戻ります。フラットのまま書くと記号が増えすぎるので、シャープで書いたと読めます。

37〜42小節の調号の書き換え

シャープ4つは、ホ長調や嬰ハ短調で使う調号です。ピアノでは同じ鍵を♭でも♯でも書けるので、この部分はフラットでも書けますが、その場合に使う変ニ短調や変ヘ長調は調号にするとフラット8つ分にあたります。半音2つ下げるダブルフラットが増え、楽譜が読みにくくなります。36小節の終わりには二重線があり、見た目は大きく変わりますが、ここだけ別の曲になるわけではなく、41小節の頂点へ向かう流れは続いています。譜読みでは、37小節に入る前に、調号が示す4つのシャープを確かめます。

強弱記号は4種類、fは1か所だけ

楽譜に書かれた強弱記号はpp、p、f、pppの4種類で、fは41小節の1か所だけです。ffは一度も出てきません。

強弱記号の流れの模式図

記号が置かれた小節は、1、15、27、43、59、66小節のpp、31と32小節のp、41小節のf、51小節のpppです。音量の増減を示す言葉は19小節と35、37小節に限られ、ほかは松葉形の記号による小さな起伏です。大半がpp以下の音量で進むので、41小節のfは絶対的な大音量というより、それまでの静けさに対して開かれる音と考えられます。逆に言えば、最初のppを大きく弾いてしまうと、51小節のpppとの差も、41小節へ向かう幅も狭くなってしまいます。

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月の光は難しい?|指の速さより音量の幅が課題

音符の速さだけを見れば超絶技巧の曲ではありませんが、初級向けの曲でもありません。ピティナ・ピアノステップでは、全23段階の上から4段階にあたる発展5から展開3に置かれています。

箇所 小節 難しさ
主題 1〜14 両手とも弱い音で、休符のあとの入りをそろえる
和音の連続 15〜24 和音の中の音量をそろえて動かす
高い分散和音 25〜26 両手で広い音域を弱めながら弾く
流れる音 27〜41 上下2段の音をつなぎ、長い旋律も保つ
調号の変更 37〜42 シャープの音名へ読み替える

27小節からの音の流れは、下の音から上の音へ楽譜の2段にまたがって書かれています。上の段の音を右手で取る配分なら、長い旋律音を保ちながら受け渡すことになります。運指は版によって異なるので、手元の楽譜の指示を確かめます。

音の並びを覚えるだけなら進められても、曲として聴かせるところで時間がかかる、という種類の難しさです。揺らしても次の拍へ戻れる範囲を見失わないことも欠かせません。原曲が難しいと感じたら、中級向けの編曲と分けて考えます。ピアノ中級のクラシック曲を難所から選ぶ記事でも、「月の光」の和音の受け渡しとペダルの濁りが注意点に挙げられています。

月の光の楽譜の選び方|原曲・原典版・やさしい編曲

原曲を1曲だけ弾くならピアノピースが手軽で、版の違いまで確かめるなら原典版が向きます。音数を減らして弾きたいときは、やさしい編曲の楽譜を選びます。

楽譜の種類 具体例 向いている人
1曲の楽譜 全音ピアノピースPP-196(全8頁) この曲を原曲で弾きたい人
組曲全体の楽譜 全音「ドビュッシーベルガマスク組曲」 4曲を通して弾きたい人
原典版 ヘンレ社、ウィーン原典版(ベロフ運指) 版の違いを確かめたい人
やさしい編曲 ドレミ楽譜出版社「クラシック名曲プロムナード2」など 原曲の難度を下げて弾きたい人

原典版は、作曲者が書いたことと編集者が加えたことを区別する楽譜です。ただし「月の光」は自筆譜が見つかっていないため、原典版でも作曲者の手書きの楽譜と直接照合できるわけではありません。青柳氏は、組曲の各曲に辻褄の合わないところがあり、どう直しても推測の域を出ないと書いています。版による音の違いに出会っても、どちらかが誤りと決めつけず、校訂(編集者が資料を比べて本文を決める作業)の説明を読んでみるとよいでしょう。

やさしい編曲は移調(曲全体の高さを変えること)されていることがあり、原曲の変ニ長調とは調号が変わります。原曲の響きを学びたいのか、まず曲全体を弾いてみたいのかで選び分けます。本記事で読んだ1927年の楽譜はInternet Archiveで閲覧でき、組曲全体の公開譜はIMSLPに集められています。ピティナの事典は原曲をパブリック・ドメイン(著作権の保護期間が終わった作品)と表示していますが、編曲や新しい校訂には別の権利が生じることがあるので、公開譜を使う場合は版ごとの条件を確かめます。

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ドビュッシーの「月の光」についてよくある質問

最後に、ここまでの内容から4つの疑問への答えを短くまとめます。

ドビュッシーの「月の光」はどんな曲ですか?

《ベルガマスク組曲》の第3曲で、変ニ長調・8分の9拍子のピアノ曲です。ごく弱い音で始まり、全72小節でfは41小節の1か所だけです。

ドビュッシーの「月の光」は難しいですか?

速い指の動きより、弱い音量の中で和音の響きをそろえる点が難所です。ピティナ・ピアノステップでは発展5から展開3に置かれています。

ドビュッシーの「月の光」にはどのような意味がありますか?

題名はヴェルレーヌの詩に由来します。仮面の下の悲しさを描いた詩ですが、小節ごとに詩の場面を描いた曲とは確認できません。

ドビュッシーの「月の光」の正式名称は何ですか?

《ベルガマスク組曲》第3曲「月の光」(Clair de lune)です。組曲全体の目録番号はL.75やCD 82で、出版は1905年です。

まとめ|小節と題名の歴史を知って聴き直す

「月の光」は3つの部分と6つの場面でできていて、休符から始まる主題、41小節の頂点、pppで戻る主題が大きな目印です。題名は1905年に今の形になったもので、詩は曲の雰囲気への入口と考えると無理がありません。

次に聴くときは、27小節で音の流れが始まる瞬間と、51小節で主題が1オクターブ上に戻る瞬間に耳を向けてみてください。4分12秒の演奏と5分30秒の演奏を比べると、同じ2か所へ向かう時間の使い方の違いが分かります。静かなピアノ曲から次の1曲を探すなら、クラシック名曲を時代別と作曲家別に引ける一覧が手掛かりになります。

出典・参考資料

小節番号、指示、強弱の場所は下記の1927年の楽譜を本記事が読み取ったものです。場面の区切り、詩の比較、演奏時間からの計算、調号の説明は本記事の編集によります。

情報確認日:2026年11月1日。

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